抗日ドラマから見た中国の反日教育の真相

日中関係が悪化してきた主な理由は、中国の反日教育にあると日本でよく言われている。去る旧正月に帰省した私が非常にショッキングなことを受けたことでそれを痛感させられた。実家の子供たちに日本のお菓子を食べさせようと思って空港の免税店で抱えきれないほどお菓子を購入した。ある日、従兄弟が息子(まだ小学校にも入っていない5、6歳の子)を連れて訪ねに来てくれる。テーブルの上に置いてあったお菓子のきれいなパッケージは、息子の興味を引き付ける。食べなよと声を掛けると、喜んで一個を取る。しかし、隣にいた母親はおじさんが日本から持ってきたよとの一言で、息子は、そのお菓子を放り投げた。「日本人は皆悪いんだ、このお菓子の中にきっと毒が入っている」と叫んだ。唖然した私は、苦笑いしかできなかった。

翌日、従兄弟が謝りに来てくれる。息子がそのような反応をした理由も説明してくれた。おばあちゃんと一緒に毎日抗日ドラマを見ていて、頭の中に日本人が悪い人ばかりとの先入観がすでに固まったようである。 その話を聞くとヒヤッとする。毎日抗日ドラマを見ている子供たちは少なくないはず。皆このような日本に対する先入観があったら、日中関係が修復するどころか益々悪化していく恐れも大いにある。 このようなドラマは誰の指示で大量に製作されているか。政府は主導して行っているか。この真相を追っかけてみたら、意外に面白いことが発見した。それに気づけば、少しでも日中関係の修復に役に立てるかもしれない。

目下、中国のネット上でこんな笑い話が流行っている。日中戦争で戦死した日本人の末裔が中国を訪問して、日本人がたくさん戦死したところを案内してほしいと現地ガイドに頼んだら、ガイドが連れて来てくれたところは、「横店影視城(横店映画村)」である。 中国のテレビドラマが年間15000話を制作されている。その中の25%位は、横店映画村で撮影されたものである。近年、不動産バブルがはじけるリスクが益々大きくなってきているから、民間資金は、不動産以外の新たな投資先を物色している。2009年10月に中国の北海道観光ブームに火を付けた「非誠勿撓(狙った恋の落とし方)」シリーズを製作した「華誼兄弟」社は、映画製作会社として初の上場を果たした。PER(株価収益率)が、70倍で時価総額が430億元(当時の相場で約5000億円)を超えた、とんでもないほどの「一攫千金」の快進撃を演出していた。それから民間資金は一気に映画・ドラマ製作の領域に引き寄せられてきた。

投資したら、リターンを求めるのが当然である。製作したドラマは、テレビ局に放映されなかったら、投資が泡となって全て消えてしまう。しかし、中国ではテレビ局に放映してもらうために厳しい審査を受けなければならないから、政府のタブーに触れないように製作するドラマの内容に十分に注意しなくてはならない。 政府のタブーに抵触する内容はどういうものなのか。中国の規定によると、各テレビ局が年間に放映できる時代劇は2部まで、サスペンスドラマは、なるべく放映しない、社会調和に影響を与えそうなコメディが放送される為に厳しい審査を強いられる。そうすると、比較的に審査の影響を受けない内容は、国民感情の高揚にも結び付く「抗日劇(日中戦争を取り上げたドラマ)」の他にならない。抗日劇というプラットフォームがあれば、普段取り上げられない内容も組み入れることが可能となる。

その通りだ。日本の皆さんにお分かりいただきたいのは、「抗日劇」は政府の主導の下で取り上げられているものではなく、商売の道具として資本に利用されているだけである。 しかし、抗日劇はもう撮りすぎた。内容も行き過ぎてしまったと、このところ中国国内でもこのような声が上がってきている。 この撮りすぎた抗日劇、内容も行き過ぎてしまった抗日劇のほとんどは、横店映画村で撮影されている。抗日劇に絡んで大きな産業が生まれてきていた。 横店は、浙江省金華市(金華ハムで有名なところ)に所轄する小さな町でありながら、現在東方ハリウッドの異名として誰でも知られる存在となっている。この町は、人が多いのに対して土地が少なく、海に近いのに交通の便が悪い。それだけに日中戦争時に日本軍は、この土地に足すら踏み入れていなかった。 しかし、横店映画村は、抗日劇の製作のために歴史を再現する居酒屋、病院、教堂、薬屋等のあらゆるものを提供できる。町中に道具店が溢れていて安いお金で日本軍、八路軍の軍服をレンタルすることができる。更に、もっと魅力的なこととして、日当40元(約550円)で日本兵を雇えることである。 もちろん誰でも日本兵になれるわけではない。日本兵になれるには身長は165Cmを超えない人(中国で日本人を小日本と蔑視しているから身長が高いと、小日本のイメージが崩れる)と、強面、汚さそうな顔をしている人(日本人に対するもう一つの蔑視は、日本鬼なので、鬼のイメージに合う顔でなければならない)は、優先に選ばれる。 道具から人までトータルサービスを提供している横店映画村は、ほとんどの抗日劇のロケ地となった。2012年に横店映画村で撮影された150ドラマの内、48のドラマは抗日劇であった。 それと同時に抗日劇は、現地観光業の発展も促した。2011年に横店へ見学に来た観光客は1080万人に延べ、2012年の10月までの客数はすでに前年度の合計を超えた。 横店映画村の繁盛が町自体の物価を高騰させてしまい、辺鄙な町の地価も中国の数多くの省都の相場と並べる位の1㎡10000元まで上がってきた。

横店自身は、「行こう、鬼を殺しに行こう!」というプロモーションビデオを製作した。内容は以下の通りとなる。 横店を見学しているカップルは、ある店舗に入った。突然日本軍が漢奸(民族の裏切り 者)を連れて現れてきた。店の主人に庇っていた八路軍を出してもらうようと迫った。主人は聞く耳を持たないから、日本軍に残忍に殺されてしまった。すると主人の娘(清楚な女高生)は出てきて、「お父さん」と悲痛に叫ぶ。きれいな娘を見ると、漢奸は「太君(日本軍に対する尊称)、花娘(抗日劇の中できれいなお嬢さんに対する日本軍の呼び方)だ」と媚びる。娘が侮辱されそうになった危機一髪の際、日本軍の頭にダーツを刺される。それと同時に八路軍は現れてきて「あの子を離せ!」と日本軍と漢奸向けに一喝する。直ちに日本軍と八路軍の間、激しい銃撃戦が発生する。八路軍が乱射の中で宙返りをしながらダーツを放す。瞬く間に日本軍と漢奸が全滅されてしまう。この様子を見ているカップルは唖然となってしまったところ、死んだはずの日本軍が立ち上がる。ビデオに「落ち着け、ドラマ撮影中」との字幕を映される。のちに激しい銃撃戦を繰り返した日本軍、八路軍、漢奸は観光客と共に一斉に江南Styleを踊り始める。2階から「抗日本拠地横店」との横断幕を掲げられる。(ご興味がある方は、下記の動画をご覧ください) http://bbs.hengdianworld.com/showtopic-6522.aspx

このプロモーションビデオの示した通り、抗日劇は、愛国教育の意味が褪せてしまい、商売の道具だけに利用され、完全に娯楽化となってしまう。 毎日、日本兵が横店で数え切れないほど死んでしまう。メディアの概算による、年間に横店で殺した日本兵は、10億人に上る。ちょっと大げさな数字となるが、Action、Cutを繰り返している中、日本兵が次第に殺されてしまう。
「11時間に31回も死んでしまった「日本鬼」史中鵬」
史中鵬さんは、横店映画村で主に日本兵を扮する「群衆俳優」である。本当の日本兵と違い、史さんの扮する日本兵が余りにもぜい弱な者ばかりであり、11時間に31回も死んでしまった記録を作り上げたことがある。 史さんは、嫌ほど体験した死を通して「如何に扮する日本兵を完璧に死なせる」秘訣をまとめる。横店映画村で日本兵の死に方は何十種類がある。銃弾で撃たれて死ぬ、手りゅう弾の爆発を受けて死ぬ、刺刀に刺されて死ぬ、等‥。史さんは、死のタイミングを把握することによって自然に死ぬと見せかけるのが最も重要だと言う。 近頃、史さんは、「狼煙遍地(至る所に狼煙)」ドラマの撮影に参加している。彼と同じ群衆俳優は計8人いる。この8人が扮する日本兵は一日に5回ずつ死ぬ。累計2400回死んでしまう。8人は、カメラの前で2400回の死亡を扮する為に、違う死に方をしなければならない。しかしどんな完璧な死に方でも一日の日当が変わらず200元しかもらえない。 ある日本軍と中国軍の対戦のシーンを撮影した際、史さん達群衆俳優は、交替で日本軍と中国軍の軍服を着て死を繰り返す。このシーンの中で、中国軍と日本軍の死ぬ比率は、3:7である。しかし、これは、日中戦争に3人の中国兵が、命を失うのに対して、日本 兵が死亡したのは1人しかいない現実と全く逆である。 確かに近年日中両国の相手国に対する好感度が年々低下している。2011年に日本言論NPOと中国の英文紙China Dailyが行った世論調査によると、中国に対する印象が良くないまたはあまり良くないと答えた日本人は、全体の84.3%に達した一方、日本に対する印象が良くないまたはあまり良くないと答えた中国人は、全体の65%に達した。2012年に尖閣問題が再燃したから、この数字が更に悪化すると推測できる。 中国に対する印象が良くないまたはあまり良くないと答えた日本人が主に挙げている理由の一つは、中国の反日教育にある。しかし、その理由を挙げている日本人は必ずしも中国の反日教育がエンターティメント化されつつあることを知っているとは限らない。 但し、このような抗日劇がテレビ局に氾濫していることは子供に与えた影響が余りにも大きい。大人なら抗日劇のでたらめな部分を見極めることができるが、子供はなかなか判別することができない。そうすると、子供が抗日劇に染められた日本人のイメージは、大人になっていく過程に伴って定着化する恐れがある。時には日本国内で侵略を否定する発言が報道されることを重ねると、このイメージが更に深まるようになる。

去る全人代の中では、抗日劇の是正を求める動きがあった。明らかに歴史に反する部分が多いから、国民の気持ちの高揚どころか歴史に対する間違った認識が生じかねないと有識者が主張している。抗日劇が中国の各テレビ局から姿を消される際、日中関係も新しい局面を迎えられるかもしれない。